宮内庁式部職楽部 雅楽2012,2018 海外公演

2018年ツアー・レポート

宮内庁式部職楽部は、2018年9月1日から9月8日までフランスに渡り、雅楽公演を行いました。この公演は、雅楽の海外での認知度を高め、楽部の若い楽師たちに海外公演の経験も積ませたいとの思いから、国際文化交流基金の安藤裕康理事長のご尽力のもと、日仏友好160年の記念事業「ジャポニスム2018」への参加を快諾いただいたことで実現したものです。
「ジャポニスム2018:響きあう魂」は、日本の文化の根底に存在する自然を敬い異なる価値観の調和を尊ぶ日本ならではの美意識を紹介するとともに、文化芸術を通して日本とフランスが感性を共鳴させ協働し、その輪が世界中に広がることを願って開催されたもので、2018年7月から8ヶ月にわたり、フランス全土で多彩な催しが繰り広げられています。そのさなかに、我々はパリとストラスブールの2都市での公演機会に恵まれました。
宮内庁楽部が欧州で雅楽を披露するのは、2012年のエディンバラ公演からは6年ぶり、フランスでの公演は実に42年ぶりのことでした。

2018年9月1日、公演団一行は成田発組と羽田発組の二班に分かれ、パリ、シャルル・ド・ゴール空港へと向かいました。42年前は羽田空港しかなかった上に、ビザを取得し、数々の予防接種を受け、アンカレッジで給油をしてヨーロッパを目指したものですが、痛い思いもせず、飛行機に飛び乗って約12時間で一足飛びに行ける今の時代の手軽さに、時代の流れを感じました。初めてヨーロッパに行く若い楽師の中には、わくわくしながらも、12時間もの長時間、飛行機に乗り続けてエコノミー症候群になったりしないかという心配を口にする者もありましたが、現地時間22時頃に団員全員が無事にパリで揃うことができました。

9月2日の午後、ホテルからパリ公演の会場「フィルハーモニー・ド・パリ」に徒歩で向かい、鼉太鼓をはじめとする楽器と装束のコンテナを全員で迎え入れました。楽器と装束は飛行機と船便に分けて運んだのですが、船便については7月に日本を出港し、およそ2ヶ月かけて到着しました。全員が見守る中でコンテナの封印が解かれると、すぐさま手分けをして楽屋に荷物を運び、19時からのリハーサルに向けて準備が進められました。

フィルハーモニー・ド・パリは、パリで最も大きい公園「ラ・ヴィレット公園」内にあります。外観は、シルバーに輝く近未来的な建物で、頂きの展望デッキからは広大な公園が一望でき、木々の緑が眩しく映りました。ホールは2,400名収容、パイプオルガンを備えており、教会に由来するであろう残響の長さをリハーサルの際に認識しました。2015年にオープンしたばかりのこのホールは、羽ばたく鳥をイメージして造られたそうで、外観・内装ともに流線形のデザインが印象的でした。

もっとも特徴的であったのが、客席の造りがアシンメトリー(左右非対称)であったことです。そのため、舞台上で中心をとる感覚に違和感を覚え、舞人は苦労をしていました。下見を行っていないため、動線確認や現地スタッフとのコミュニケーションに戸惑いもありましたが、6年前のエディンバラ公演の経験もある伊藤事務所・伊藤寿氏の的確なアドバイスや、今回諸般の手配に携わってくださったKAJIMOTOのスタッフの皆様の計らいで、海外では手配に苦労する笙を演奏する時、音源のリード(簧)を暖めるのと湿気乾かすための炭と、篳篥のリード(廬舌)を開かせる日本茶が万端に整えられ、本番通りのリハーサルを順調に進めることができました。
また、国際交流基金の増田是人氏には格別なるご配慮を賜り、パリに到着したばかりの公演団一行が不慣れな地でスムーズに事にあたることができましたことに、深謝いたします。

9月3日はいよいよ本番です。海外では珍しいことではありませんが、日本ではあまりない20時半開演(日本時間9月4日午前3時半)で、我々は時差を体感しながら18時に会場入りしました。入ってすぐに、代表者としてテレビ局(日本の放送局のフランス支局)のインタビューを受ける機会があり、さっそくこの公演の注目度の高さを窺い知りました。19時45分からはフランソワ・マセ国立東洋言語文化研究所教授による公演プレトークが開催されたほか、ロビーには前回エディンバラ公演で好評であった、雅楽の写真と解説のパネルを今回のフランス公演に於いても展示しましたところ、多くの人々が大変興味深く、関心を持って見入っていました。

演奏中は、満員の聴衆が食い入るように鑑賞しているのがひしひしと伝わってきました。すべての演奏が終わると、嵐のような拍手が鳴り止まず、残響の長いホールの影響もあってか、拍手はどんどん大きく膨らんで行き、手織りの重厚な絨毯で持ち上げられるような温かい心持ちがして、我々も大変気分が高揚いたしました。そして、普段、雅楽の演奏会にはない風習ですが、怒涛のように響きわたって鳴り止まない拍手に応え、カーテンコールも行い、達成感を感じました。

終演後に開かれたフィルハーモニー・ド・パリ主催のレセプションでは、木寺昌人駐フランス日本国特命全権大使より格別なる労いのお言葉をいただき、各方面からの賞賛を受けたとのお話を伺いました。たとえば、ジャック・ラング元文化大臣は「すごい、この一番広いホールが満席だ。雅楽は日本がフランスに与えてくれた贈り物だ。」と開演前からお褒めくださったこと、ホールの館長・ベイル氏も「素晴らしかった」を連発して称えてくださった旨を伺い、この公演の成功を確信することができました。

また、観客からも「素晴らしい(Fantastique、Magnifiqueなど)」「パリまで公演を持ってきてくれてありがとう」「素晴らしすぎてアンケートでは答えられない」「心がひっくり返るほど感動した!(Jesuisbouleversé!)」などのコメントが寄せられ、宮内庁楽部として守り伝えてきたそのままの舞台をパリで再現したことが聴衆の心に響いたことに、満足感とともに充実感を感じました。また演奏だけでなく、我々の海外公演では初の試みであった、それぞれの曲目の表題を漢字で表記した“めくり”を舞台袖に設けたことも、多くの人の興味関心を引き、日本文化の紹介に一役買ったようです。

9月4日、ここで4名の楽師が、皇太子殿下フランスご訪問に際しての行事のために先に帰国しなくてはならず、午後の便でシャルル・ド・ゴール空港から羽田へと向いました。他方、ストラスブールに向かう一行は、朝9時半集合でバスに乗ってパリ東駅へ行き、TGVで次の地へと向かいました。高速列車で1時間45分、ストラスブールに着くと15分ほどトラムに乗って市役所へ案内され、庁舎内の職員食堂にて全員で昼食をとりました。そこからさらにトラムと徒歩で移動し、ホテルに到着したのは15時半でした。

この日の夜は、佐藤隆正在ストラスブール日本国総領事のご招待をいただき、総領事公邸にて大変厚いおもてなしを頂戴いたしました。48年前(1970年)に国際文化振興会の国際交流の一環として、楽部の諸先輩方がストラスブール国際音楽祭に参加したことや、アルザス地方特有の文化や、特産であるこの地方のワインについての大変興味深いお話に加え、19世紀末フランスを席巻したジャポニスムに端を発して、日本への親交が深い民族であるということも伺い、時を経て“ジャポニスム”の一環としてここに来ることができたことを嬉しく思いました。

9月5日は演奏会場の下見とリハーサルを行 いました。朝8時集合で会場の「ストラスブール音楽院」に赴き、パリから無事に到着した楽器と装束を受け入れました。その際に、鼉太鼓の搬入のために急遽フォークリフトが必要ということになりました。想定外のことで一時は焦りましたが、現地スタッフが快く手配してくださったことで、予定の時間内に仕込みをすることができました。

ここでのリハーサルは本番通りに行いましたが、舞楽のみ一般公募の中から抽選で選ばれた約20名に見学していただきました。演奏後には、まず雅楽の基本的な解説を行い、その後、質疑応答の時間も設けたところ、「どのようにして習うのか?」「どうやったら習えるのか?」「世界で一番古いオーケストラと言われますが、指揮者がいないのですね」といった質問が挙がりました。その回答の中で、我々は西洋楽器も演奏するという話に及んだところ、意外だったのでしょう、参加者は驚いた様子でした。

リハーサル後、ストラスブール市主催のレセプションにご招待いただき、ローランド・リース市長から丁重なるご挨拶を賜りました。その後の歓談で、明治天皇から贈られた銀杏の木が、現在も共和国広場に現存しているとのお話を伺いました。当時、日本からは船で2ヶ月程かかったと伺いましたので、「当時の人々も、わたくしのように時差ボケになったのでしょうか?」とお尋ねしましたところ、「それはありません」「文明が進むということは、それなりの代償を支払わなくてはならないということですね。」と、気さくにお話してくださり、古典芸術を形を変えずそのままに伝承する身として、とても考えさせられるお言葉をいただきました。美術館さながらの大変美しい市庁舎でいただいた温かいおもてなしに心打たれ、感動の余韻に浸りながら、ストラスブールの歴史ある大聖堂を眺めつつ、一同は歩いて宿へと戻りました。

9月6日は、ストラスブール公演の本番です。17時半から舞台の最終確認を行った後、地元テレビ局の取材があり、それが現地国営放送の19時のニュースで紹介されました。本番は20時開演で、公演直前には突然の大雨に見舞われたにもかかわらず、キャンセル待ちを期待する人々が数十名詰めかけたそうです。しかし、キャンセルは出ることなく約500席が満員となりました。ストラスブール音楽院のホールは、客席に入る通路が各列左右1箇所ずつしかなく、横一列にずらりと並ぶ客席がすべて埋め尽くされました。

演目はパリ公演と同じですが、4名が先に帰国しましたので、一部配役を変えての出演となりました。ここでも、割れんばかりの満場の拍手に応えてカーテンコールを行いました。また、パリ同様に写真と解説パネルをロビーに展示し、この試みは分かりやすいとの評判を得ました。

終演後にはホワイエにてストラスブール音楽院主催のレセプションが行われ、カトリーヌ・トロートマン氏(ストラスブール都市圏副議長/元文化大臣、元ストラスブール市長)、ブリジット・クリンケルト氏(オー・ラン県県議会議長)、ティエリー・ミッシェル氏(国会議員)、ブルーノ・ストゥデール氏(国会議員)などがご出席くださいました。とくに、日本文化に造詣の深いカトリーヌ・トロートマン氏は、雅楽についてはあまり詳しくないがとの断りを入れつつも、「雅楽の楽器一つひとつ、その全てが何の無駄もなく時の経過を確実に刻み、重厚なる響きを表していることに感動を超えて驚きを覚えた。もし星が音を奏でたならば、このような音がするのではないかと感じた。」と大変詩的なご感想をお聞かせくださり、「色彩・デザイン・音色、全てに感動を覚え興奮が冷めない。」と堅い握手を交わしてくださいました。また、増田是人ジャポニスム事務局長が、「東儀博昭氏は、42年前にパリに来られた時は20歳そこそこの若手で、それが今、首席楽長として、また団長として今回の公演を執り行った」とご紹介くださると、会場の皆様から温かい拍手をいただき、改めて今回の公演を行った充実感と達成感を感じました。

このレセプションの際に、洗足学園で金管楽器の指導をしたことがあるという出席者のお子様が、今回の公演を観て描いたという絵を見せてくれました。演奏会を観ただけで描いたとは思えないほど素晴らしい出来栄えに、大変感激をいたしました。【写真下】

一方、レセプション中もスタッフは多忙を極め「てんてこ舞い」です。日本へ向けての船便と航空便の積み込みが25時厳守であったため、一刻の無駄も許されずに撤収と荷造りに奮闘していました。とくに、一度着た装束は、本来「さぼす」といって風を通して干してからしまうのですが、パリでもストラスブールでも、さぼすどころか荷物をまとめる時間も足りないほどタイトなスケジュールで、汗だくの装束に乾燥剤をたくさん入れて積み込みに間に合わせました。

9月7日、一班は朝7時45分、二班は10時45分に集合して、ホテルからストラスブール駅までバスで移動し、そこからTGVで2時間10分ほどかけてシャルル・ド・ゴール空港へ向かいました。ストラスブール駅で荷物を預けてチェックインすると、空港での手続きなしに飛行機に乗ることができて、エール・フランスならではの利便性の高さにも時代の変化を感じました。フランスを後にして、日本時間9月8日の昼過ぎには両班とも成田と羽田それぞれに無事に帰国することができました。

この度の公演にあたっては、当初フランスとのコラボレーションで新しい雅楽に臨むとの案もありました。しかし、能や歌舞伎など、さまざまな日本の伝統芸能も紹介される祭典の中で、1300年の歴史を伝えるという信念を貫いて正統な古典にこだわり、宮中に伝わる雅楽をそのままに伝えたことが今回の成功に繋がり、またジャポニスム2018の開催目的に沿うものとしてその一端を担うことができたのではないかと思います。

本公演開催にあたりご協力をいただいた、宮本卯之助商店、雅楽舞台設営(株)井手口、大槻装束店、国際交流基金の安藤裕康様、杉浦勉様、嶋根智章様、増田是人様、下山雅也様、諸橋忍様、小林康博様、篠原由香里様、坂本麻里絵様、木谷千波様、木寺昌人駐フランス日本国特命全権大使、佐藤隆正在ストラスブール日本国総領事、吉川亨様、畑中知美様、KAJIMOTOの武満真樹様、横田由実様、杉山亜季子様、井清俊博様、伊藤事務所の伊藤寿様、CEEJA(アルザス・欧州日本学研究所)のVirginie Fermaud様、通訳の大城洋子様、小林恵様、ジュン・ヴェルクテール様、関係者各位に厚く御礼申し上げます。

公演団団長 首席楽長 東儀博昭